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本格ではない

2005.10.07 Friday
三辺は祝祭的色彩 - Thinkers in three tips -
三辺は祝祭的色彩 - Thinkers in three tips - / 佐竹 彬
(ネタバレを含む可能性があります。ご注意ください)
"自称"近未来型本格ミステリの第2弾の登場。が、相変わらずシリーズの判断がつきにくい。シリーズ全体としての評価はもちろん全てを読み終えた上でしか下せないものなので仕方がない。が、2巻ともなれば多少判断材料があってもいいものだと思うのだが。

個人的には、不完全燃焼である。なぜか。

前作「飾られた記号 - The Last Object -」の巻末あとがきにもあるように、著者である佐竹彬は森博嗣の影響を強く受けている。大学の友人に強く勧められていたこともあり、僕は前作を読んだあと、森博嗣の「S&Mシリーズ」を少々読んでみた。具体的には第1巻「すべてがFになる」と第2巻「冷たい密室と博士たち」である。

森博嗣の作品はすごい。「F」については以前レビューを書いたので、詳細は割愛するが、とにかくクオリティが高い。読んでいる側が頭脳をフル回転させて読み進めないと、犀川先生の考えについていけないのである。

このような秀作を読んだ後だから、本作「三辺は祝祭的色彩」を読むに当たって、森博嗣作品を読むときの感覚、モチベーション、心構えで読んだのだ。

結果、不完全燃焼である。

佐竹作品と森作品には、決定的な違いがいくつかある。

ひとつ。「近未来」という設定を盾にして、物理的に不可能と思われるトリックを可能にしてしまっている。

ひとつ。事件解決の糸口が、事件解決の張本人を除いて、読者を含めて提供されない部分がある。

ひとつ。読者に対する事件発生時の状況情報が、圧倒的に少ない。

直前に"ベーシックなミステリー"である「冷たい密室と博士たち」を読んでいたことも多分に影響しているであろう。

「冷たい密室」の場合、事件が起こったその場面で提供される状況情報以上のものが、事件が解決する(≒犀川先生が事件を解決する)時に現れることはなかった。犀川先生の言葉をなぞって、ページを前に戻れば確かに与えられているのである。

しかし、「三辺」はそうではない。事件を解決する"φ(ファイ)"こと日阪道理しか知りえない情報、事件場面では提供されなかった状況情報などが、解決の糸口として使われてしまっているのである。これはミステリ小説にとって致命的なのではないか。

トリックそのものは結局現代では物理的に不可能なもので、しかしφシリーズの世界観を理解し、近未来社会に並以上の興味関心がある人なら簡単に行き着くものだ。実際、僕もそうだった。

読んでいく中で、"3人"と"3人"が同一ではないか、という推理が浮かぶが、これは真実でないことが最後にわかる。しかし、それがわかるとまた疑問点が浮かんでくる。

ひとつ。なぜ彼らは殺されなければならなかったか。

ひとつ。メルキオールの発言「カスパーとバルタザールが命を賭けた」とはどういう意味なのか。どの場面を指すのか。

ひとつ。刑事はなぜ彼らに目をつけて、特別に事情聴取したのか。

そして。ファイに罪をかぶせる目的はなんだったのか。

これらは結局解決しない。これから先、答えが出るとは、現時点では思えない。

種々の観点から見て、佐竹作品は森博嗣作品に比べて、決定的に劣る。スタンドアローンの物語とも、コンプレックスの物語とも言いがたい、中途半端なシリーズになってしまっている部分もある。

この本に関しては、現時点では特にお勧めはしない。シリーズが完結したとき、もしかしたら、この本の価値が存外に上がるのかもしれない。それを期待したいところだ。

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