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2005.11.20 Sunday
幻惑の死と使途 - ILLUSION ACTS LIKE MAGIC -
幻惑の死と使途 - ILLUSION ACTS LIKE MAGIC - / 森 博嗣
(ネタバレを含む可能性があります。ご注意ください)
この本は、第1章から第17章までの9章構成である。変に思う方もいるだろう。この本には、偶数章が存在しない。その理由を、著者である森博嗣さんは次のように説明している。

<前略>人間の頭脳は、局部的であれ(あるいは、忍耐力を集中力を要求されはするものの)、事象のランダム性を許容し、これに追従する思考能力を十分に有する。しかしながら、文字に還元された物語(特に、物理的に記述された配列)は、ランダムとはなりえない。まるで常に導関数が存在するかのような滑らかさが要求され、その不自然さは驚嘆に値する、といえるだろう。
この物語に偶数章がないのは、その不連続性に起因しているが、この段階でその点を留意する必要は、特にないことを付記しておく。

そう、全ての事象は連続性を持たない。各々の事象それ自身は独立なものであり、全くランダムな時間と確率によって発生する。

しかし、独立であることと相互に関連性があることは別である、と、この物語は教えている。事実、この物語の中で起こる事件は関連性を前提にして描かれているし、著者自身がそれを意識していることは明白である。どんなに時間的なブランクが長かろうとも、だ。それは、事象は独立であるが、思考は独立ではない、ということであろう。

さて、本作の表向きの主題は「マジック」である。事実として起こった殺人事件にマジックが絡む。つまり、幻想と現実の境界が曖昧になる。その境界の危うさと、それを読み解く面白さを共存させた傑作だ。

幻想と現実に境界は、僕たちの生きる世界にも当然存在する。しかし、その境界条件は全く不正確で、僕たちはそれを知ることができない。物理的な境界条件は漠然と見出せても、抽象的、特に思考に関するそれを見出すことができるだろうか。

しかも、情報通信技術が進歩した現代においては、物理的な境界条件すら危うくなっている。俗に「リアル」と「ヴァーチャル」という言葉で表現される世界は、昨今、限りなく接近してきている。ロボットが動くのは、リアルだろうか。あなたが読んでいるこの文章は、ヴァーチャルだろうか。メールを通じて知り合った友人は、リアルだろうか。ゲームセンタのレースゲームは、ヴァーチャルだろうか。

あなたが生きている世界、僕が生きている世界は、リアルだろうか。ヴァーチャルだろうか。

なぜ、リアルと言える?なぜ、ヴァーチャルだと断定できる?

「イリュージョン」という言葉がある。本作の解説を書かれている二代目引田天功氏は、その第一人者としてあまりにも有名である。音、照明、衣装、プロップス、背景、マジック、すべてを演出し、観客を幻想の世界へをいざなう「総合芸術」である(解説より)。

イリュージョンの中にあるあなたは、リアルか、ヴァーチャルか。どこからがリアルで、どこまでがヴァーチャルなのか。

いずれも、答えは出ない。境界条件があまりにも不正確で不鮮明だからだ。出版された1997年当時の森博嗣さんが現代の状況を予測していたかどうかは定かでないが、この物語は現代における虚構と現実の境界の危うさを巧みに指摘した傑作であると、僕は読んだ。

僕が引き込まれた世界は、リアルか、ヴァーチャルか。そもそも「世界」はリアルなのか、ヴァーチャルなのか。答えは、きっと出ないだろう。
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