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守っていては、攻められない

2005.11.23 Wednesday
夏のレプリカ - REPLACEABLE SUMMER -
夏のレプリカ - REPLACEABLE SUMMER - / 森 博嗣
(ネタバレを含む可能性があります。ご注意ください)

泣きそうになった。無表情で涙を流す彼女の心の内を思い、こみ上げてくるものがあった。

よくある代議士一家の誘拐事件から始まった物語は、しかしそれほど単純ではなく、周囲の人間を巻き込んで大きく展開していく。

いつもはその手腕を大いに発揮する愛知県警の三浦刑事も、今回は「滝野ヶ池事件」にかかりっきりであったため、誘拐事件は主に長野県警の西畑刑事が中心になって捜査することになる。この西畑刑事は頭が良い。しっかりと論理だてた思考と、その論理に裏打ちされた仮定は、西之園萌絵をも驚嘆させる。一連の事件において、彼の力による部分は大きい。

「主観と客観」が大きくクローズアップされる、いわば"主題"ではあるのだろうが、ここではあえて「家族への思い」「友達への思い」を取り上げたい。これを抜きにして、「夏のレプリカ」は語れないからだ。

「家族愛」という言葉の意味は、個人によって違うと思う。心の安らぎを求める人もいれば、物理的・経済的支援をそれと解釈する人もいるだろう。共通する事柄について存分に語り合えることが大切だ、という人もいる。そして、文字通りの「愛」を求める人だっているのだ。

僕には異性の兄弟がいないので、兄弟に「愛」を求める、その本当の気持ちを知らない。常に一緒にいたいということならば、兄弟は幼いころからずっと一緒にいるのだからそれでいいはずだし、支えあいたいというなら、兄弟とは言うまでもなくそういうものだと僕は思っているので、それでいいはずだ。それでも兄弟に「愛」を求めるのは、どうしてなのだろう。

結局、僕の経験していないことだから、経験できないことだから、いくら物語で読んだとしてもしっかり納得することはできないのだろう。だから否定もしないし肯定もしない。その人がそれを求めるのなら、それは自由だと思う。

だがしかし、友情を壊すようなことはしないでほしい。自分のために泣いてくれるような友人はそうそういるものではない。全幅の信頼を寄せられる友なんて、生涯に1人や2人、それだけいれば幸せなのだ。それだけの友情を築き上げるのは、もはや奇跡といっていいくらいに大変なことだ。そんな友人は大切にしてほしい。

彼女は友人のために涙を流した。すべての事象は、彼女の想像と仮定を超越していた。その事実に気づいたとき、それでも彼女は友人を思って、救おうとしたのだ。きれいな涙だったろう。友人は幸せだ。


攻めることをやめて守りに徹すれば、負けることはないだろう。しかしそれでは勝つことができない。それに気づいたから、守ることをやめたのだ。防御を捨てて攻撃に転じ、先手を取って敵に勝った。

誰に勝った?相手は誰だった?誰から守っていた?

そう、敵は自分。あのときの自分。あのときみたいに自分は白くない。だから今、このときの自分は、あの夏のレプリカ。
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